久しぶりに宮城県石巻市を訪問しました。旧北上川沿いの最も津波の被害が甚大であった場所は改修工事がほぼ終わった様です。フェリー乗場周辺も綺麗に整備されていました。足元にはグレーのインターが使われていて、落ち着いた広場、フェリー乗り場となっていました。

先月これらの景観資材を製造している日本興行(株)前社長の三輪武志さんが亡くなりました。10年前になりますが、アーバンセクション二瓶氏と私は『震災直後の被災地を見たい』というとても身勝手な要望を当時仙台に赴任していた三輪氏にお願いしたのでした。自社被害の復旧にも忙しかったはずなのですが、彼は快く引き受けてくれたのです。
私達は車で仙台から海岸沿いを北上し街や港の津波被害を目の当たりにしたのでした。防潮堤を軽く乗り越えてしまった漁船、杭ごと引き抜かれて倒壊した建物、捜索作業中の自衛隊員、それらを無言で眺めている被災した人達、、、三輪さんは『街づくりをやっている二人だからこそ是非見て欲しい』と思っていたのでしょうね。
あれから10年が過ぎました。東北の復興に最後まで熱い想いを持ち続けて東北の風景の再生に携わっていた三輪氏でした。
私は直接震災復興の仕事はしませんでしたが、6年前から石巻の小さな島の復興を目指したNPOに携わっています。その活動をランドスケープ誌に掲載することになり、活動への協力をお願いしに浜松町の支店で三輪さんにお会いしました。その時、『色々な復興工事がやがて終わるでしょうが、目立たない地道な復興が大切になってきます。活動を長く続けて下さい』と逆に激励されたことを忘れることはできません。
石巻から松島に向かう仙石線の車窓から海を眺めていました。この防潮堤で海が全く見えなくなった車窓からの風景を三輪氏はどう思っているのかを聞けなくなってしまったことを残念に思います。