2011年大震災が発生してすでに11年が経過し、被災地もほとんどが整備され、土木的な復旧工事はほぼ終えた様に感じます。南三陸町や大谷海岸の道の駅等に併設された津波被害の伝承施設を夏休みを利用した多くの家族連れが訪れています。これらの施設を通じて津波の怖さを学ぶことはとても大切ですね。
平成29年から隔年開催されている現代アートと音楽、食の総合芸術祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2021―22」の後半イベントが8月20日から石巻市で始まります。公園近くの敷地にも木造のタワーが出現していました。

震災後、私(北畑)と二瓶氏(アーバンセクション代表)、日本興行の故三輪さんの3人で宮城、岩手の海側の被災地を訪れました。石巻では日向山に登り、津波被害直後の門脇小学校周辺の海側を眺めたことを思い出します。今では震災遺構として保存される門脇小学校が津波被害の大きさを示すだけであり、被災地は『みやぎ東日本大震災復興伝承館』を中心とした広い公園に生まれ変わっているのです。

震災復興のあり方、被災地の活用法など、復興の方法に意見を挟むことは私は出来ません。その場所にふさわしいあり方を住民が決めたのであればそれが正解に違いないと思うからです。
東松島市の復興の方法は、とても珍しい手順が取られたと聞いています。先ず住民自身が主導権を取り、復興の方法を住民自身が決めていき、行政はそのバックアップに徹したとのことでした。
震災復興だけではなく、地方の街づくりも行政主導ではなく、そこに住む住民のアイデアで進めて行くべきです。10のまちがあれば10のまちづくりの方法があるべきですね。同じ手法でのまちづくりは決してうまくいかないことを肝に命じておくべきです。
『みやぎ東日本大震災津波伝承館』周辺の広大な広場を歩きながら、私たち設計者はまちづくりの動きの良き『かき混ぜ棒』あるいは『触媒』になるべきだと感じたのでした。